韓国経済、【西日本新聞/社説】「嫌韓」「売国」…日本人は「鬼畜米英」時代から変化したのか、心の中に戦争が生まれていないか点検したい

韓国経済、【西日本新聞/社説】「嫌韓」「売国」…日本人は「鬼畜米英」時代から変化したのか、心の中に戦争が生まれていないか点検したい

記事要約:当サイトの目的は日本人が教育で植え付けられた自虐史観をぶち壊すこととはっきり書いてあるわけだが、2015年に入ってからやたらと毎日や朝日を始め左翼メディアのマスコミが自虐史観にさせようというキャンペーンを展開しているような記事ばかりが目立つ。過去の戦争を反省するといいながら、当時の戦争の総括すらできていない現実を無視である。ただの思い込みで日本が悪かった。反省しろという一方的な自虐史観を植え付けようとする指示でも出たとしか考えられない。

管理人が読者様に言いたいのは自虐史観というのは考えることを放棄することである。自分たちの祖先が悪かったので謝罪します。おかしいとおもわないか?自分たちの祖父や祖母が悪い人だったと勝手に決めつけられているのだ。悪い人たちから生まれたから韓国は謝罪しろとしか言わない。

どう考えてもおかしいのだ。なぜ、自分の祖先を悪く思わなければいけないのだ?本当に戦争した理由を知りたいとは思わないだろうか。それが考えることである。そして、今、尖閣諸島で起きていることと照らし合わせれば、日本は平和な世界に生きているとはいえないんだ。日本は戦争しないかもしれないが、攻められる可能性は十分ある。

不戦100年頑張って、その101年後に攻められ日本は占領されましたでは、全く意味がないんだが。左翼メディアの新聞は理想論で誘導しようとかしない。平和が一番と思うなら、平和を維持できる力が必要なのだ。そんな考えも及ばないようでは弱肉強食の現代では生き残ることなどできはしない。すでに、いつアメリカとロシアが戦争になるかもわからない時代なのにな。

2011年 韓国経済危機の軌跡(週間 韓国経済)

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■戦後70年 新たな時代へ■

年の初めに、近所の神社にお参りに行く。神前に手を合わせ、「家内安全」を祈る。

今年は戦後70年である。「戦後」という言葉をずっと使い続けていることが端的に示すように、1945年の太平洋戦争終結以降、日本は次の戦争をしていない。

この70年間、初詣の日本人は、出征した家人の「武運長久」を祈らずに済んだ。そのことを、つくづく幸せに思う。

平和国家・日本は今年、「古希」を迎える。

古希とは本来「古来まれ」なほど珍しい、という意味だ。実際、第2次世界大戦後に一度も軍隊が戦闘行為をしていない主要国は、世界でも珍しいといえる。

米国は冷戦中も冷戦後も、世界各地で戦争をしている。中東では戦火が絶えない。欧州の多くの国は北大西洋条約機構(NATO)の一員として、しばしば軍事行動
に参加している。

大国と呼べるほどの経済力と潜在的な軍事力を持ちながら、日本は70年間一度も、国際紛争の当事国にならなかった。日本人はこの事実を、誇りに思っていい。

さて、年の初めだから、ちょっと大きなことを考えてみよう。

この70年を節目にして、「不戦百年」を展望できないか。

「恒久平和」などと言えば、空想的な理想主義と思われるかもしれない。しかし「不戦百年」なら、あと30年頑張れば実現できる。どうすれば、それは可能だろうか。真剣に考えてみたい。

▼「鬼畜米英」の時代から

「戦争をしない国」であり続けるためには、かつて戦争に進んだ時代を振り返り、失敗から教訓を学ぶ謙虚な姿勢が不可欠だ。

日中戦争から太平洋戦争の敗戦に至る「昭和の戦争」は、軍部の独走が原因であり、国民は軍部の圧政に屈して戦争に参加させられた、との考え方がある。 しかし、それは一面的な解釈にすぎない。

軍部の独走も一因だろうが、実際には当時のメディアが偏狭なナショナリズムをあおり、独り善がりの大義に酔った国民と軍部、政府、メディアが一体となって、 戦争の破局へと雪崩を打って突き進んだ、といえるのではないか。

「鬼畜米英」や「暴支膺懲(ぼうしようちょう)(暴虐な中国を懲らしめる)」などのスローガンが横行し、国民が際限なく好戦的になっていった。むしろ、強硬な世論が 政府や軍部を後押しした側面もあっただろう。

そんな反省の上に立って、戦後70年の世の中を眺めると、何かしら不安を覚えざるをえない。

書店に行けば「嫌韓」や「反中」をうたった本があふれている。他国の国民性を丸ごと否定するようなタイトルの本が、結構な売れ行きらしい。「売国」「国賊」などの 言葉で、相手を攻撃する言説も目につくようになった。「鬼畜米英」の時代から、日本人はどれほど変化しているのだろうか。

▼摩擦が強まる中でも

しかし、悲観的になりすぎるのは考えものかもしれない。

師走の書店で小さなコーナーを見つけた。「今、この国を考える‐『嫌』でもなく『秘』でもない未来をつくる」と題された選書フェアだ。河出書房新社の若手社員たちが企画した。同社の本だけでなく、気鋭の作家や評論家が推薦した本も並んでいる。

このフェアは昨年5月に続き2回目だ。「嫌」や「反」をうたう本のラッシュに危機感を抱いた出版人が「多様な価値観や意見を届けたい」と問題提起した。1回目のフェアで「30店ぐらい賛同してくれるかな」と思っていたら、約300の書店がコーナーを設置してくれたので驚いたという。

「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」。国連教育科学文化機関(ユネスコ)憲章の冒頭の言葉だ。

戦後70年の今年は、アジアを含めた世界各地で、先の大戦に関わる行事が行われる。ナショナリズムや歴史観の摩擦が一段と強まり、日本の外交や安全保障の論議にも影響を与えそうだ。冷静な議論をするために、「自分たちの心の中に戦争が生まれていないか」と、絶えず点検していきたい。

そして、日本の「戦後」を一日でも長く延ばしたい。その積み重ねが「不戦百年」となるはずだ。

(http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/137065)

 

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坂部雅昭

朝日や毎日新聞、西日本新聞等の自虐的史観に対して、国民が疑問を持ち自ら調べようとした結果がこれらの新聞やマスコミの反対側にある「嫌韓」や「反中」の本だと思います。したがって、私は健全な行動であると思います。