韓国経済、【コラム】我々はなぜ幸せでないのか=韓国

韓国経済、【コラム】我々はなぜ幸せでないのか=韓国

記事要約:中央日報の記事で韓国人が幸せでない理由を解説している。しかし、管理人からすればこの記事こそ、幸せでない理由である。つまり、ただの自画自賛。自分たちが無理に豊かだと思い込もうとしても、その隣にある日本とかけ離れている現実を見せつけられて嫉妬する。

そもそも、過去に経済破綻して10年ごとに経済危機に見舞われるような国で幸せになれるはずないだろう。さらにいえば、自分の国の根本が嘘で塗り固められているために、何もかもが最初から信用できないのだ。韓国だけに蔓延する火病というのは、韓国人のアイデンティティーを形成する上に起こってしまう精神病ではないのだろうか。なぜなら、彼らは事実を受け止めることが何一つできない。だから、この記事を書いた記者も、読んだ韓国人もそこに書かれてある理由が全く以て的外れでもそれを信じてしまうのだ。

なぜなら、そう思い込みたいという願望しかないからだ。自分たちは優れている。自分たちは漢江の奇跡を成し遂げて経済発展を謳歌してきた。だが、その真実は異なる。アメリカと日本の支援で発展させてもらえただけという。そういった事実を受け止めないから,結局,何一つ満たされないのだ。自分の国をありのままに受け止めることができない。生まれ変わっても韓国人になりたいとは思わない。自国をヘル朝鮮と呼ぶ。それは全て自虐史観である。答えは出ている。

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韓国経済、【コラム】我々はなぜ幸せでないのか=韓国

20回目の総選挙が終わった。年数では「制憲国会」が構成されて69年目だ。その間、一様 に変わっていないものが一つある。「今の生活が厳しいので変えてみよう」という選挙メッセージだ。1950年代に「生活が苦しい、変えてみよう」で始ま り、「政策失敗、政権審判」などにいたるまで表現方式とディテールは少しずつ異なるが、結局、国民が幸せでないから変えようという内容に変わりはない。ふ と疑問を感じた。「我々の国民は昔から今まで幸せになったことがなかったのだろうか」。

実際、いくつかの国際調査でも大韓民国の幸福指数は高い方でない。昨年の国連「世界幸福報告書」によると、韓国は158カ国のうち47位だった。世界10位圏の経済規模を考えれば低い数値だ。

しかし逆説的にも外国人と対話をすれば、むしろ韓国がうらやましいという声をよく聞く。「漢江(ハンガン)の奇跡」はもちろん、経済 危機も早期に克服し、堅実に成長しているという言葉のほか、サムスン・現代車など世界的な企業に関する話も多い。そういえば、世帯ごとに自動車を1台ずつ 保有し、人口の約3分の1が毎年海外旅行をする国も多くない。また、韓国訪問経験がある人たちはきれいな街と世界的なレベルの治安に満足し、称賛する。で は外から見るのと国民が中で感じる幸福感の間に「ミスマッチ」が発生するのはいったい何のためだろうか。

まず幸せを判断する基準が画一化されているという点だ。人々は「お金」を幸せの最も重要な基準と考える。別の調査の結果でも「幸せは お金と関係がない」と答えた韓国人は7%にすぎなかった。しかし米国・豪州は2倍を超える18%、デンマークは47%に達した。このため、韓国では登山を する時も美しい景色を見て幸せを感じるより、他の登山者の衣類ブランドがいくらのものかを気にする。

「幸福ミスマッチ」のもう一つの理由は目標値が非常に高いという点だ。それなりの程度では満足しない。中産層は自らを中産層だと考え ていない。経済協力開発機構(OECD)の定義によると、中産層は「中位所得の50-150%」に該当する。昨年の年所得範囲では約2500万ウォンから 7600万ウォン、4人世帯基準の中位所得は年俸5000万ウォンだ。しかしある報告書によると、上のような統計的中産層1000余人を対象に質問した結 果、自分が中産層であることに同意した人は19%にとどまったという。未成年も変わらない。延世大社会発展研究所が調査したところ、高校生が考える幸福の 条件は1位がお金、2位が成績だった。

経済学では経済的な問題が消えないことを「希少性(Scarcity)」のためだとみる。人間の欲望は無限だが、これを満たせる資源 は限られているからだ。しかしこれはお金に限定されない。家族・健康・趣味など人間の幸せを満たす資源は多様だ。国民の幸せも同じだ。幸せの価値を財産だ けで見れば、いくら偉大な政治家、天才経済学者が現れても解決するのが難しい。誰もが相当な富を蓄積し、誰もが最上位圏の大学に進学するのは事実上不可能 であるからだ。

米国に行くと、太陽の下の緑が広がる公園でボール遊びをする家族、三々五々集まって友人と食べ物を分け合って食べる人たちを見ながら 「こういうものが本当の幸せだ」と感じたことがある。昨年、SNSを通じて「国別中産層の基準」という絵を知人から受けた。韓国の中産層基準は給与・自宅 の坪数・自動車などすべて財物に関連していた半面、米国・フランスのような先進国は外国語・スポーツ・楽器ができ、ノブレスオブリージュを実践するなど非 物質的な価値を重視するという内容だった。その通りだ。

健康を失えば貯めたお金も意味がないように、お金は他の重要な価値がそろった時、その意味が大きい。幸せをただ一つの基準だけで見る のはやめよう。今日からでも幸せの加重値を財産より温かい家庭に置けばどうだろうか。家庭の月、5月だ。今すぐにも愛する娘、息子に元気にしているかとい うメッセージでも送ってみよう。

李承哲(イ・スンチョル)全国経済人連合会副会長

◆外部者執筆のコラムは中央日報の編集方針と異なる場合があります。

(http://japanese.joins.com/article/035/216035.html?servcode=100&sectcode=120)

 

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  朝鮮人が「しやわせ」だった時代? そんなもん、半万ニョンの間にあるとしたら、大日本帝国統治時代しか、あるわけがなかろうが。あの時代朝鮮人の人口は倍に増えたのだ。ということから、朝鮮人が「ふしやわせ」になったのは、独立とか生意気抜かして、土人自治、酋長制になってからだろう。土人が酋長になったって、部族土人を「しやわせ」になど出来るわけがないのだ。だからといって、大日本帝国は二度と土人を、日本人として扱うことなんかないからな。土人は土人。サベチュではなく当然の区別。