一つだけ伝えたい名演説 後編 麻生太郎「自由と繁栄の弧」

昨日の続き、麻生太郎氏の演説の後半を掲載する。是非とも、前半も読んで欲しいので


 ボディランゲージに言葉と名前を


 「自由と繁栄の弧」をつくるのは分かったが、じゃあ何をするんだ、と、お尋ねでありましょう。

 

 実はまったく実績もなしに、大見得を切っているのでは、ありません。

 

 10年前、1996年のリヨン・サミットで、我が国の発表した事業がひとつありました。「民主的発展のためのパー トナーシップ」、頭文字をとって「PDD」と、当時の外務省は命名したようでありますが、若い民主主義国に対し、ガバナンスの仕組み作りに手を貸そうとす るものです。

 

 この一環では、民主化・市場経済化に向け産みの苦しみを経験しておりましたカンボジアやラオス、ベトナムのCLV 諸国、それからモンゴルやウズベキスタンといった国々に対し、法制度、司法制度づくりといった国造りの基礎作業を、集中して支援した実績があります。しか もそれは、PDDのほんの一端に過ぎません。ご存じないとすれば、いかに私ども、宣伝ベタかということであります。

 

 宣伝ベタついでにもうひとつ。冷戦が終わるや否や、我が国は東欧諸国支援に大々的な手を打っていたことをご紹介いたします。

 

 1989年の夏は、まだベルリンの壁が落ちておりません。しかし、予兆は日増しに強まっておりました。その段階で、日本政府はアルシュのサミットを機に、ポーランドとハンガリーに対し大規模金融支援策の用意あり、と打ち出しております。

 

 翌年1月、壁がまさに落ちたばかりのベルリンへ行った当時の海部俊樹総理は、ポーランド、ハンガリーへ、総額19億5000万ドル、日本円では2800億円以上に上る巨額の支援策を発表し、公約を具体化させております。

 

 ボスニア・ヘルツェゴビナでも、1995年に紛争が終るや否や、日本は5億ドル出しております。二国間では米国に 次ぎ2番目の額でしたので、「なんで日本がそこまで」とかえって不思議がられたそうでありますが、今となっては「一番実のある支援をしてくれたのは、結局 日本だった」と言われているようであります。

 

 これが実質上、「価値の外交」でなかったとしたらなんだったのか。私ども、「自由と繁栄の弧」をこしらえようと、「ボディランゲージ」では、既に言っていたのではないでしょうか。

 

 アジアでも、日本のボディランゲージは、実は雄弁だったのではありませんか。

 

 1997年から1998年にかけ、韓国とASEANの主だった国が、軒並み通貨危機に襲われました。あのとき我が 国は、デフレ不況のどん底。しかし、1998年10月には総額300億ドル、4兆円以上の資金支援を打ち出しました。韓国には約84億ドル、インドネシア に30億ドル…。あれからかれこれ10年経って、韓国にしろASEANにしろ、「自由と繁栄の弧」の、チャンピオンとなったわけであります。

 

 つまり私がきょう申し上げようとしている新機軸は、実を申しますと新機軸でもなんでもありません。16、17年前から日本外交が少しずつ、しかし地道に積み重ねてきた実績に、位置づけを与え、呼び名をつけようとしているに過ぎないわけであります。

 

 ですが、位置づけがないと、自分で自分が何をしているのか意味がわかりません。名前もない政策は、国内外の人々 に、記憶すらしてもらえません。だからこそ、言葉が必要なのであります。そこを自覚して、明確な言語を与えようとした点に、あえて申しますなら本当の新機 軸がございます。

 

 CDCやGUAMへ

 


 「日CLV首脳会議」とか、「日CLV外相会議」。「中央アジア+日本」対話や、チェコ、ハンガリー、ポーランド、それにスロバキアを加えた中欧4カ国がつくった俗に「V4(ドナウ川の地名ヴィシェグラードのV)」と称するグループとの対話…。

 

 これらは定例化するなり、既に定期化しているものは充実させるなりして、まずは関係相手国と頻繁に会合し、対話を重ねていかねばならぬと考えます。個別には、アフガニスタンと既にそのプロセスを始めております。

 

 その際賢いやり方というのは、日本を深く理解してくれている国々を足がかりにすることです。代表例として思い浮かびますのは、中近東や中央アジアについて知識の宝庫である国、トルコであり、ウクライナについて知ろうとする際、頼りになるポーランドです。

 

 ポーランドは私、外務大臣として行き損ねておりますが、小泉前総理が平成15(2003)年8月に行かれて驚かれたのは、例によってショパンのことだけではありません。

 

 「灰とダイヤモンド」などの作品で有名な映画監督・アンジェイ・ワイダさんなどは、京セラの稲盛和夫さんが差し上 げた京都賞の賞金を元手に、古都・クラクフに「日本美術技術センター・マンガ館」を作っております。マンガと申しますのは「北斎漫画」のことでして、若き ワイダ監督が見て心打たれたという、さる収集家の作品を収めた施設です。

 

 もっとも、現代日本の漫画人気も大したもので、私のコレクションには、ポーランドの外務大臣がくれた「犬夜叉」のポーランド語版が入っております。

 

 それからポーランドには「ポーランド・日本情報工科大学」といって、「日本」という名前がついた大学があります が、この大学ではUNDP(国連開発計画)の協力を得まして、日本からの支援総額35万ドルをもとに、「対ウクライナ情報技術移転プロジェクト」という事 業を実施しております。最新技術を使い、遠隔教育の仕組みを組み立てようとする試みです。

 

 つまり日本に対して理解が深く、地理的・文化的に見て、「自由と繁栄の弧」のうち伸び盛りの国々を上手に助けられる、という…。そういう立場にあるポーランドなどとの協力は、大いにやりがいが出てまいります。

 

 ポーランドやハンガリー、バルト三国など多くの旧社会主義国は、2004年5月にEU加盟を果たしました。援助される側からする側へ、急転回を果たしたわけであります。

 

 バルト海まで延びる「自由と繁栄の弧」を、虫食い状態にさせないためには、いわゆる「グアム(GUAM)」の国々……というのはグルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバを言うのでありますが、この辺一帯を安定させねばなりません。

 

 それをわきまえているのでありましょう、ウクライナとグルジア、リトアニアとルーマニアが組んで、1年前、「民主的選択共同体」、頭文字を取って「CDC」という名のグループができています。

 

 目的はずばり、バルト海から黒海、カスピ海周辺という、私どもが「自由と繁栄の弧」でイメージいたしております地域において、民主主義を根づかせようとすることです。

 

 我が国はCDCやグアムの国々と、なるべく多くの接触を図ってまいりたいものであります。繰り返しますなら、その際はパートナーになり得る国との協力を大いに追求すべきであろうと考えます。

 

 ちなみに、ただいま日本の外交力強化をうたい、在外公館の数や外交官の人数など大幅な増加を目指しておりますが、今議論しておりますGUAM(グアム)などの地域に、我が国は満足な外交機能を置いておりません。早く充実させたいものと思わざるを得ません。


 

 なぜ外交にビジョンが必要か

 

 そろそろ締め括らせていただきます。

 

 「東は東、西は西」、だと。イギリスの詩人、キプリングの詩をもじりまして、東西はなかなか出会わないんだと言われることがございます。

 が、私は去る5月、ベルギー・ブリュッセルのNATO本部へまいりまして、実を申しますとかなり踏み込んだ内容のスピーチをしてまいりました。

 

 我が国自衛隊とNATOとに、世界の紛争予防、平和構築といった分野で、これからきっと協力の余地が拡大するだろう、と。それを見越して、今から付き合いを親密にしておきましょうという提案を、させていただいております。

 

 東は西へ、西は東へ、それぞれ翼を伸ばし、インド洋やらアフガニスタンやらで、日本とNATOが隣り合って働き、汗をかく姿がもはや珍しくなくなりました。

 

 本日は価値を重視する日本の外交が、ユーラシア大陸の外縁に沿って「自由と繁栄の弧」を築いていこうとするその意欲を、申し上げました。

 

 自由と民主主義、人権と法の支配の尊重を大切にする思いにかけて、人後に落ちぬわれわれであります。その日本が、 21世紀の前半を捧げるにふさわしい課題に、思いを共にする国々と一緒に取り組めることを、私は喜びたいと存じます。米国はもとより、豪州、おそらくます ますもってインド、そしてEUや、NATOの加盟各国等であります。

 

 いかがでしょう、麻生太郎がまた大風呂敷を、と思われたとしたら、2つ申し上げて締め括りとさせていただきます。皆さん、大風呂敷とおっしゃいますが、ビジョンとはたいがいいつも、大風呂敷であります。そして日本外交には、ビジョンが必要であります。

 

 なぜとなれば、これが第二の点ですが、日本外交のビジョンは、われわれ日本の善男善女にとってのビジョンであります。日本人ひとりひとり、誇りと尊厳をかけるに足るビジョンであるのであります。

外交とは、国民に、地に足が着き、身の丈に合った、穏やかな自尊心を植えつける仕事でもあります。外務大臣とし て、日本人を元気にし、自信をもたせる外交を心がけ、そのための言葉を幾万言なりとも語ってまいりたい。そう申し上げて、おしまいにさせていただきます。 (以上が演説)

 


 この演説をきっかけに中国は日本により一層の危機感を持つようになった。それは中国がリードしようとしているアジアのリーダーシップの確立に邪魔になると判断されたからである。まあ、その辺の外交姿勢は調べればわかるので、私からいう必要もない。

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