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韓国経済、火がついた源流論争…韓国折り紙、新しい韓流文化として再創造し世界化を

韓国経済、火がついた源流論争…韓国折り紙、新しい韓流文化として再創造し世界化を

記事要約:韓国はとにかく他国の文化をパクる傾向がある。今度は日本の「折り紙」をぱくって韓国折り紙と称して、新しい韓流文化とするそうだ。折り紙が日本発祥なんて既に世界中が知っている事実だ。

海外赴任中にサラリーマンが折った鶴の折り紙がきっかけで広まったとか、色々あるが、海外ドラマのプリズンブレイクでもキーアイテムとして登場した。このようにどう考えても折り紙を韓流文化にするのは無理があるのだが、記事を読んで呆れてしまった。

>それでは歴史的に折り紙の源流は果たしてどこの国だろうか。歴史学者らは紙が中国で発明され韓国を経て日本に渡っていったので折り紙もこの順序で発展し伝播したと推測するが具体的な記録は残っていない。’日本書紀’に”推古天皇18年(610年)高句麗王が送った僧侶、曇徴が絵が上手で紙と墨を作った」と いう記録があるだけに、この時、折り紙も一緒に韓半島から日本に伝えられたと見られる。<

ご覧の通りだ。具体的な記録が一切無い。曇徴が絵が上手で紙と墨を作った。それのどこに折り紙が関係するのか?折り紙は大衆文化であり、日本に紙が伝わったからといって、どうして「折り紙」が朝鮮半島から日本に伝わるのだ。

紙が伝わって文字が書いてあるから伝播は証明できるだろう。だが、当時、紙は貴重なものだぞ。その紙をわざわざ折るようなことするわけないだろう。あと。布を折るのと紙を折るのは全然違うだろうに。本当に馬鹿だよな。

紙が一般的に普及して安価になってこそ、浮世絵などという物が出てくるのだから、明らかに韓国から折り紙が伝わってなんてものはあり得ないのだ。

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韓国経済、火がついた源流論争…韓国折り紙、新しい韓流文化として再創造し世界化を

「国内外の同胞が力を結集してテコンドーをオリンピック正式種目にした様に、失われた折り紙の歴史を再び探して新しい韓流文化として再創造し世界化しなければなりません。」

28日から3日間、日本の東京韓国学校で’韓半島平和統一と世界平和祈願 折り紙祭りフォーラム’を開催するノ・ヨンヘ紙文化財団理事長が27日、日本に到着して同行した支部院長と講師らに言った言葉だ。

紙文化財団はテコンドー(Taekwondo)が空手(Karate)を押さえて国際社会が認める代表的な格闘技スポーツにそびえ立ったように韓国式折り紙(Jongie Jupgi)も日本の’オリガミ'(折紙・Origami)を抜いて全世界の人々の文化として根をおろすことを目標にしている。

しかし現実は容易ではない。すでに大部分の国で折り紙を’オリガミ’と呼んでいる。フランスやスペインなど自国の文化的伝統に自負心が強い一部の国だけが例外だ。英語では’Paper Folding’、ドイツ語では’Papierfalten’と言い、米国折り紙協会創始者のリリアン・オッペンハイマーが提案してオリガミが折り紙を称する国際用語として通用したという。

韓国から日本に伝播したが世界的には各々’ Zen’、’ Ginseng’、’ Tofu’という日本語で呼ばれる’禅’、’高麗人参’、’豆腐’と似た境遇だ。単に名称だけではない。折り紙の記号も日本の折り紙作家、吉沢章(1911~2005)が使った図面表記法が国際標準になり、米国とヨーロッパなどの幼稚園と小学校ではオリガミという名前で日本式折り紙を教えている。千羽鶴を折って願いの成就を祈るのも日本が全世界にまき散らした習俗だ。

日本は第二次大戦後、日本国際交流基金(Japan Foundation)等を前面に出して着物、茶道とともに折り紙を積極的に世界に伝播してきたと分かった。これに対抗して折り紙宗主国としての地位を取り戻すそうとしたのが紙文化財団だ。ノ・ヨンヘ理事長は1987年、韓国折り紙・紙文化再創造運動を唱えて以来、韓国折り紙協会、紙国博物館、紙文化財団、世界折り紙聨合などを相次いで設立し韓国伝統折り紙の復元と現代化と普及に努めている。

◇高句麗僧侶曇懲が紙製造法日本に前年

それでは歴史的に折り紙の源流は果たしてどこの国だろうか。歴史学者らは紙が中国で発明され韓国を経て日本に渡っていったので折り紙もこの順序で発展し伝播したと推測するが具体的な記録は残っていない。’日本書紀’に”推古天皇18年(610年)高句麗王が送った僧侶、曇徴が絵が上手で紙と墨を作った」という記録があるだけに、この時、折り紙も一緒に韓半島から日本に伝えられたと見られる。

専門家は三国時代から巫俗信仰に使われた’頭巾’を我が国の折り紙の原形と見る。安東(アンドン)鳳停寺(ボンジョンサ)創建説話によれば統一新羅初期文武王12年(672年)義湘(ウィサン)大師が栄州浮石寺(プソクサ)から紙で鳳凰を折って飛ばし、それが落ちた場所に寺をたてて鳳停寺と名付けたという。朝鮮初期の宰相、河崙(ハリュン、1347~1416)
が発明したと記録されている「陞卿図遊び」も、私たちの長年の 折り紙文化の証拠として挙げられる。
(中略:日本の折り紙の歴史)

ノ・ヨンヘ理事長は「折り紙を体系化して世界化するには日本が先んじたが、歴史的には我が国が先だったと確信する。我が国が日本と折り紙元祖競争を広げるように映るのは困る」と用心深い態度を見せた。実際に何年か前、我が国の某新聞がノ理事長の話を引用して「折り紙の宗主国は日本ではなく韓国」と報道するとすぐにこれを見た日本関係者たちがノ理事長に「根拠を見せろ」と荒々しく抗議したことがある。

ソース:SBSニュース(韓国語) 火がついた源流論争…韓国折り紙vs日本鴨加味

ソースは韓国語なので2chより記事掲載

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