あまりにもひどい“整形大国”韓国…複製人間たちの中に行くと否定派の筆者すら強迫観念に襲われる

あまりにもひどい“整形大国”韓国…複製人間たちの中に行くと否定派の筆者すら強迫観念に襲われる

記事要約:なんていうか韓国らしいと思う。美女コンテスト参加者が全員同じ顔という面白いニュースでもわかるとおり、韓国ではある美の基準を全員で真似することが重要らしい。美的感覚なんて時代によって異なるのだが、それはもはや整形ではなくただの複製人間に過ぎなくなってきた。個性ってなんだろうな。例え、美人だとしても10人ぐらい同じ顔の人間が職場にいるような状況なんだろうか。韓国の見栄文化も火病の領域だろうな。

2011年 韓国経済危機の軌跡(週間 韓国経済)

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「交通事故が起きた時は、救急病院ではなく整形外科に行くと傷跡もなくうまく回復するらしい」。

先月、韓国の実家で会話中に母が言った言葉だ。うわの空で聞いていたわけでもないが内容が一瞬分からなかった。

「事故でケガをして、なぜ整形外科に行くの?整形外科は二重まぶたにして鼻を高くし、あごを削ってシワ取りをする所じゃないの」。母の「ごもっともな」言葉にもかかわらず、思わずこんな考えがめぐったからだ。「整形」といえば「美容」という自動連想で、「傷の矯正」や「機能障害改善」という本来の業務がすぐに結びつかなかったのだ。

その瞬間、失笑した。傷を縫おうとしてそんなに多くの整形外科があるわけがなく、傷を縫いながらも、それほど多くの整形外科が広告に熱を出すはずはないからだ。

今や大韓民国は整形共和国だという。見苦しい姿というよりも、皆狂っていると言うしかない。顔が何か画用紙や布切れにでもなるというのか。切って、取り除いて、裂いて、えぐり取って、さらにとり付けるいたずらをし続けるように。いっそ顔自体をプラスチックに変えてはめて防腐剤まで飲ませればいい。すると一生シワの心配をしなくても済むではないか。

整形うんぬんの中でも一番聞きたくないのは、この頃は男性たちまで加勢した「童顔信奉」だ。単に若く見せたいという理由で、中年は青年を、青年は10代をうらやむという奇異な現象をまったく理解できない。それではティーンエージャーたちは赤ん坊に憧れるのだろうか? 聞いたことがないので分からない。なら赤ん坊は胎児の童顔を望むのだろうか?会話ができないから聞くことはできない。若く見えるからといって、人生の何がどう変わるというのか。若く見えることが人生の幸福や意味と何の関係があるのか。

こんなありさまでは顔がアイロンがけしたようにぴんと張っていても、心はいち早く年のわりに老けてしまう。「体は老いても心はそのまま、16の青春でただひたすら10代」という言葉を、近頃は逆にするべきだ。50歳を過ぎても体はそのままなのに、長い間、童顔を信奉する言葉を聞き続け、心は10代なのにもう(年寄りのように)衰えている。こうなれば生きていても生きている気にはならないだろう。白雪姫の継母のように毎日鏡だけのぞき込み、戦々恐々と不安におびえているのだから。

言葉ではこう言っているが、韓国に行くと率直に私も憂うつになる。「整形手術のようなものはしない。自然に老いていくべきだ。私の老いを許してほしい!」という文を通じてときどき“偉そうに”言っていたので、今さらほかの人々のように整形手術をすることもできない。それでも、私だけ老けて見えるのも嫌だ。「整形手術、私はそれをしない」と結論を出して生きる人にとっても、ずっと気楽ではいられないということだ。

ここを削れ、あそこを縫えとたびたび指摘したり他人をけしかけたりするようになると、精神的に落ち着かず億劫になり、自分の人生に集中することができなくなる。これほどの状況になれば「若さというのは20代の青年に戻るのでなく、自分の年齢に合った青春を毎回新しく『創造』することなのだ」といった哲学者の話もなぐさめにしかならない。

であれば、どうするか。「生老病死」という極めて自然な人生の営みから「離脱」しようとする苦闘を、どのように受け入れるべきか。「疎外」という言葉をよく言うが、疎外というのは「見慣れない」という意味とも言える。「見慣れない」は、自分ではない外部の対象からくる落ち着かない感情、あるものが目的ではなく手段になる時に発生する概念をいう。

疎外の中で最も恐ろしい疎外は、人間疎外を超えた「自己疎外」だ。自分が「見慣れなく」なって、正体も自尊心も崩れる。「存在」自体が危うくなるのだ。「他人の目に見える私」を追う瞬間、私はすでに1つの消費財であり屋台に置かれた商品になってしまうことなのだ。自身を商品化して他人の機嫌を取ろうとすれば、自分自身が「見慣れなく」なり、安定した人生を続ける知恵を得ることはできない。

韓国のほかに、地球上のどこの国で自分の顔が気に入らないからと言って「ぱっとやり直して、みな変えて」しまうことができるだろうか。恐ろしい考えであり、恐ろしいことだ。二重まぶたになった目、すっと高く立った鼻筋、あごを削った「複製人間」たちや、ぴんと張った顔の中年に出会うたびに私は、こんなふうに叫ぶ。「私が老いるのを、そのままにしておいて!」と。

(http://japanese.joins.com/article/755/177755.html?servcode=100&sectcode=120)

 

記事は以上だが、日本の国益を重視するニュースだけを取り扱う、日本の底力(PCメルマガ)1660部、日本覚醒の軌跡(携帯用のメルマガ)360 部、 と、同じ内容なので重複はあまりないと思うのだが,合計数が2020部となった。

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