韓国経済、「韓国人商人だけがいわれのない被害を受けている」・・・ボルティモア暴徒化、韓国人商店での掠奪相次ぐ ロス暴動の悪夢再現

韓国経済、「韓国人商人だけがいわれのない被害を受けている」・・・ボルティモア暴徒化、韓国人商店での掠奪相次ぐ ロス暴動の悪夢再現

記事要約:韓国人は日本にヘイトスピーチを規制しろとしつこいが、自分たちが黒人差別主義者だということを頭から理解していない。理解していないのに差別するから、もっと嫌われる訳だが、それは韓国人なので日本人に嫌われる理由がわからないと同じである。

ロス暴動の再来とか述べているが、韓国人が黒人差別をしていることは黒人が1番良く知っている。だから、暴動の度に韓国人が経営する店が襲われるのだ。この辺りの経緯はロス暴動の原因となったラターシャ・ハーリンズ射殺事件でも参照してほしい。

オレンジジュースを買いに来た15歳の黒人少女が韓国人店主ともめて、店主が黒人少女を撃ち殺したのだ。しかも、その裁判はなぜか減刑になり、懲役5年、罰金500ドルというふざけた内容だった。黒人は怒りに抑えきれず、ロス暴動へと発展。韓国人経営店が多数襲われるのはここからである。

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ボルティモアで暴徒が韓国人商店略奪…ロス暴動の悪夢(1)
2015年04月29日10時22分 中央日報/中央日報日本語版

米メリーランド州ボルティモアで警察に拘束される際に死亡した黒人青年フレディ・グレイさん(25)の死亡と関連したデモが27日に大規模暴動に発展した。

この日午後、グレイさんの葬儀が終わった後、デモ隊と警察が衝突し市内各地で略奪と放火が続いた。都心部が無法地帯に変わり、一部韓国人経営の店がデモ隊に略奪され、「第2のロス暴動」に広がらないかとの懸念もでている。1992年に白人警察官による黒人集団暴行に触発されたロス暴動では韓国人経営の店が集中的に略奪・放火された。

メリーランド州のラリー・ホーガン知事はこの日ボルティモア一円に非常事態を宣言し、州警察と近隣警察の兵力5500人余りを緊急配置した。州防衛軍もこの日夜に投入された。

ボルティモア市のステファニー・ローリングス・ブレイク市長はこの日通行禁止令を出した。来週まで続く通行禁止令は、大人は夜10時から翌日午前5時まで、14歳以下は夜9時から午前5時までの通行を禁止する。公立学校にも28日に臨時休校令が下された。

この日の暴動は教会で行われたグレイさんの葬儀が終わった後に始まった。学校を終えた学生らがソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を利用しボルティモア北部のモンダミンショッピングモール付近の路上に集まった。

彼らは棍棒とヘルメット、盾で武装した警察と衝突すると石やれんがを投げ抵抗した。この過程で警察官15人が負傷し、 このうち2人が病院に入院した。1人は昏睡状態だと警察は発表した。

デモ隊は警察のパトカーを壊し火を付けた。また、近隣の商店のドアを破壊して侵入し無差別に略奪した。さらに薬局チェーン店のCVSに火を放ち真っ黒な煙が都心部を覆った。市当局は暴動により15軒の建物と144台の車両が燃え、200人余りが逮捕されたと明らかにした。

ボルティモア市内の韓国人も超緊張状態だ。ボルティモア一円には1000軒余りの韓国人商店がある。デモが集中したボルティモア北側のノースアベニューは80%が韓国人の店だ。

韓国人経営のリカーショップがデモ隊に略奪された。メリーランド韓人食品酒類協会のソン・ギボン会長は、「暴動が起きほとんどが早く店を閉じ撤収した。通行禁止まで重なり正確な被害規模は夜が明けなければわからない」とした。韓国人は店が略奪されたという知らせに地団駄を踏んでいる。

都心部で雑貨店を運営するイ・グァンソさんは、「人種間の対立で韓国人商人だけがいわれのない被害を受けている。一部は銃でも持って店の前で財産を守らなければならないのではないかとの声も高まっている」と話した。

大規模暴動で連邦政府も対策に腐心している。この日任命状を受けた初の黒人女性司法長官のロレッタ・リンチ氏はオバマ大統領にボルティモア事態を報告した。オバマ大統領はボルティモア市長との電話で連邦政府レベルで必要な支援を尽くすと明らかにした。

ボルティモアのカムデン・ヤーズで行われる予定だった大リーグのボルティモア・オリオールズとシカゴ・ホワイトソックスによる試合も2001年9月11日の同時多発テロ以降初めて安全を理由に中止された。

ボルティモアでは1968年4月に黒人民権運動家のマーティン・ルーサー・キング牧師暗殺以降暴動が相次いだ。当時の暴動では6人が死亡し1000軒余りの商店が略奪され、1200件余りの放火も発生した。

財産被害額は1200万ドル、暴動で700人余りが重軽傷を負い5800人余りが逮捕された。当時警察と州防衛軍の兵力数千人が出動したが制圧できなかった。結局州政府はジョンソン大統領に連邦軍の出動を要請しどうにかデモ隊を解散させた。

一方、グレイさんは12日午前に警察に捕まった後、移送中に脊髄を負傷して病院で手術を受けたが1週間後に死亡した。グレイさんの死亡に抗議し散発的なデモが続き、24日には2000人余りのデモ隊が市庁舎前から市内に行進してデモを行い警察と衝突し、暴動に発展し34人が逮捕された。

(http://japanese.joins.com/article/711/199711.html)

 

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