韓国経済、〔セウォル号引き上げ〕泣き崩れる行方不明者家族、なぜ3年もかかったのか…それよりどうしてまだ仮設住宅で親戚が暮らしているのか

韓国経済、〔セウォル号引き上げ〕泣き崩れる行方不明者家族、なぜ3年もかかったのか…それよりどうしてまだ仮設住宅で親戚が暮らしているのか

記事要約:確かにセウォル号引き上げまで3年もかかったことは不思議な話である。だが、それよりも管理人が突っ込みたいのは遺族の親戚がなんでまだ港の仮設住宅で暮らしているのか。地震の時みたいに遺族が直接被害があったわけでもないだろ?だいたい、これは交通事故のようなものだ。

交通事故の被害者の親戚が未だに仮設住宅で暮らしていることに誰も突っ込まないのか。いや、管理人だけでも突っ込む。そもそもこの遺族の生徒の遺体は見つかっているじゃないか。

>その日以来、港の仮設住宅で暮らし、引き揚げを待ち望んできた行方不明者家族の支援を続けてきた。金さんにとっても待っていたはずの引き揚げだが、「実感はわかない」という。

支援なんてしなくていいのでさっさと帰れよ。そんなことしているから韓国人からすら白い目で見られるのだ。そもそも韓国政府はなんで仮設住宅なんて建てたんだ。しかも、未だに朴槿恵前大統領のせいとか。憲法裁判所の弾劾罷免ですら大統領に責任はないと述べていただろうに。

でも、朴槿恵前大統領が当時、日本や米国の災害救助を断ったのは事実だ。管理人は反日のために生徒を見殺しにしたと批判したが実際、その通りなわけだ。しかし、全員救助という誤報も当日にあったりして情報は錯綜していた。朴槿恵前大統領の空白の7時間については真相は明らかにされるべきであるが、現場の判断に任せていたのなら大統領だけに責任は問えない。

もっとも、その後ろめたさからか仮設住宅を建てたりする。その遺族は仮設住宅で暮らし、体育館を占拠してカラオケ大会、タクシーに乗るとセウォル号遺族様特権を発動して運転手を殴る。なぜか、韓国政府から支払われた見舞金が足りないとか言い出す。

あげくの果てには慰安婦が米国にいって「ホワイトハウス」でセウォル号の事故について訴えるという。いやいや、いくら管理人さんの話でも、それはないだろう。記憶違いだと思った読者様もいるんじゃないか。だいたいセウォル号の惨事とホワイトハウスなんて一つも関係ないじゃないかと。でも、管理人はしっかり覚えている。さすがにソース出さないと信用できないかもしれないのでだしておこうか。てか、検索したら管理人のサイトがトップじゃないか。

さすがにこれを見つけたときは管理人も嘘だと思ったのだが、普通に後ろにホワイトハウスが見えるからな。

そもそも、見舞金が支払われる理由すらないのにな。過積載原因のただの海難事故であり、どうみても犠牲者が増えたのは船長と船員がその場に待機するように指示を出して自分たちが逃げる時間を稼いだという人災だからな。

実感も何もわかないとか、そりゃ、無関係だからな。しかし、これから忙しくなるだろうな。元慰安婦と同じように自分たちの特権階級造りという本来の目的が待っているからな。

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韓国経済、〔セウォル号引き上げ〕泣き崩れる行方不明者家族、なぜ3年もかかったのか…それよりどうしてまだ仮設住宅で親戚が暮らしているのか

旅客船セウォル号が沈没から3年を経て再び姿を現した。3年という歳月は行方不明者家族にとってあまりに長い。事故後の対応は朴槿恵(パク・クネ)前大統領の弾劾の背景の一つにもなり、犠牲者の家族だけでなく事故が韓国社会に与えた傷はいまだいえない。

「会いたい。会いたいよ」。沈没現場に近い南西部、珍島(チンド)の彭木(ペンモク)港で23日、一人の女性が海に向かって叫ぶと、泣き崩れた。

多数の犠牲者を出した檀園(タンウォン)高校のヤン・スンジン教諭=当時(57)=の母親だ。ヤン教諭は事故当時、自分の救命胴衣を生徒に渡し、「甲板に出ろ」と指示したのを最後にいまだ行方が分かっていない。

「一日も早く子供たちがご家族の元に返るのを祈るだけです」。この日、港の岬に花束を供えた金成勲(キム・ソンフン)さん(41)は話す。当時、高校2年だった親戚のチン・ユンヒさんが事故に巻き込まれた。すぐに彭木港に駆け付けたが、チンさんは遺体で見つかった。

その日以来、港の仮設住宅で暮らし、引き揚げを待ち望んできた行方不明者家族の支援を続けてきた。金さんにとっても待っていたはずの引き揚げだが、「実感はわかない」という。

引き揚げ作業は2015年8月に始まり、昨年夏には終わる見通しだった。だが、船体の底に引き揚げ用の台座を設置する作業は難航を極める。現場の海流の激しさが作業を阻んだ。クレーンを使った方法も強風のため変更を余儀なくされた。

事故は政局も翻弄する。真相究明のための特別法をめぐって国会は長期間、空転。事故当日、朴大統領の動静が不明だった「空白の7時間」問題は国民の怒りを呼び、弾劾訴追理由の一つとされた。引き揚げ直前に大統領は罷免された。

船体が87キロ離れた木浦(モクポ)の港に陸揚げされるには、運搬船への移し替えなど複数の難作業も残されている。

金さんは「行方不明者が見つかってこそ、家族の新しい出発につながるのですが…」と話し、陸揚げ後の本格捜索に望みを託した。(珍島 桜井紀雄)

(http://www.sankei.com/world/news/170323/wor1703230031-n1.html)